思考錯誤

馬鹿の考え休むに似たり

猫の日

 猫って夜遅くまで起きてると、「もう寝ようよ〜」と声をかけてくるのが可愛い。
 本当にそんな駄々をこねたような鳴き方をする。
「うるさい。まだ起きていたいから、ひとりで寝なさい」なんて無視すると、一度は寝室で寝るけど30分後にまた声をかけにいく。
「……また起きてきたの?」
 うんざりとしたような母とのそんなやりとりを布団の中で聞いていて、2〜3回目には笑ってしまった。

  私が声をかけられた場合は、そのまま猫を抱き上げて膝の上に乗せ、フリースのひざ掛けをそっとかけて顔の周りを撫で、強引に眠らせた。
 猫は2〜3時間ほど眠って私の足を痺れさせた後、いつまでもチャットをしている私を冷たく一瞥して一人で布団に入った。

 私が布団に潜り込む頃には、羽毛のかけ布団にポッコリくぼみを作って巣を完成させている。
 もちろんど真ん中。
 強引に退けると、ものすごーく迷惑そうな顔をするけど、しばらく考え込んでから布団の中にもぐってくる。そして出ていく。またもや掛け布団の上から私の脚の間に入り、羽毛布団にぽっこりと窪んだ巣を作った。

 猫は孤独を愛するという一般論があるけど、とんでもない。一緒になにかすることがとても好きなのだと感じる。
 床に広げた新聞紙にじゃれつくのもそうだし、水が嫌いなのにドン引きした様子でお風呂へ見学に来るのもそう。仔猫時代は私が外出するたびに、玄関先でしばらく憤慨していたらしい。
 離れていても、同じ空間にいるというそれだけで、猫にとってはすでに一緒に居ることになる。
 確かに気の置けない友人と、部屋で思い思いにくつろいでる時はそんな感じだ。

 特に用もないのに猫を構いにベランダに出ると、大喜びしてすり寄ってきた。
 そのまま一緒にひなたぼっこをすると、私には直射日光がかなり暑く感じられたが、私の脚に全身を沿わせるようにぺったりと張り付いて寝転んだ。
 触れると脳みそが沸騰してるんじゃないのかと思うほど、毛が熱を持っていた。
 そのまま一時間。私には忍耐の時間だったけど、猫はご満悦だった。

 あの時の嬉しそうな様子を思い出すと、もっとそんな時間を作ってあげればよかったと、後々とても後悔した。
 寄り添って本を読んでメールをするだけ。普段家の中でやっていることと変わらなかったけど、猫は確かに喜んでいた。

 猫は年を取ると一匹でいることを好んだ。
 本当に家の中から人の気配がなくなると、大騒ぎして探し回って玄関で何時間でも待ち構えていたが、居間に誰かがいることを確信している時は窓際で黙ってベランダ越しの外を眺めていた。
 撫でに行くと喉を鳴らして答えてくれたけど、強引に膝に乗ろうとする若い時とは違って、そのまま寝床に丸まったままになる。
 その頃には具合が悪かったのだろう。
 ずっと静かに、風の音を聞き、鳥のさえずりに耳を傾け、飽きもせずに外を眺めていた。

 私が心体共にボロボロで寝込んでいた時があった。いつもひとりで寝ていた猫はそっと寄ってくると、投げ出していた私の掌に頭を載せた。
 床に寝転ぶ時は敷物を選ぶ猫だったのに、頭だけちょこんと乗せて体は布団からはみ出ている。
 いいよ、おいでと繰り返し促すと、ようやく布団の中に入ってきた。珍しく、撫でてもいないのにゴロゴロと喉を鳴らす。
 ジッと私の顔を見つめる猫の目は、何か言いたそうに見えた。年老いると尾が二股に分かれて人語を解すというけれど、本当にわかっているのじゃないかと思うほど猫の目は複雑な色をたたえていた。
 そうして、ゴロゴロとずっと喉を鳴らして、私を癒そうとしてくれていた。



 猫は飼う前から造形も鳴き声も好きだったけど、飼ってからはもっともっと好きになりました。