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思考錯誤

馬鹿の考え休むに似たり

100%SONG


湖池屋 「100% SONG」 MUSIC VIDEO

 

ガツンとくる力強い歌唱力。かなり好き。

残念ながら今現在、iTunesには曲が出ていないのだな。

鈴木瑛美子さん。チェックしておこう。

 

新学期を迎える若者向けメッセージPVとして、ポテチについてまったく触れないのに、ここまで力を入れたフルverを作成した湖池屋に好印象。

 

どうやら自分はゴスペル系の歌い方が好きなんだな。

猫の日

 猫って夜遅くまで起きてると、「もう寝ようよ〜」と声をかけてくるのが可愛い。
 本当にそんな駄々をこねたような鳴き方をする。
「うるさい。まだ起きていたいから、ひとりで寝なさい」なんて無視すると、一度は寝室で寝るけど30分後にまた声をかけにいく。
「……また起きてきたの?」
 うんざりとしたような母とのそんなやりとりを布団の中で聞いていて、2〜3回目には笑ってしまった。

  私が声をかけられた場合は、そのまま猫を抱き上げて膝の上に乗せ、フリースのひざ掛けをそっとかけて顔の周りを撫で、強引に眠らせた。
 猫は2〜3時間ほど眠って私の足を痺れさせた後、いつまでもチャットをしている私を冷たく一瞥して一人で布団に入った。

 私が布団に潜り込む頃には、羽毛のかけ布団にポッコリくぼみを作って巣を完成させている。
 もちろんど真ん中。
 強引に退けると、ものすごーく迷惑そうな顔をするけど、しばらく考え込んでから布団の中にもぐってくる。そして出ていく。またもや掛け布団の上から私の脚の間に入り、羽毛布団にぽっこりと窪んだ巣を作った。

 猫は孤独を愛するという一般論があるけど、とんでもない。一緒になにかすることがとても好きなのだと感じる。
 床に広げた新聞紙にじゃれつくのもそうだし、水が嫌いなのにドン引きした様子でお風呂へ見学に来るのもそう。仔猫時代は私が外出するたびに、玄関先でしばらく憤慨していたらしい。
 離れていても、同じ空間にいるというそれだけで、猫にとってはすでに一緒に居ることになる。
 確かに気の置けない友人と、部屋で思い思いにくつろいでる時はそんな感じだ。

 特に用もないのに猫を構いにベランダに出ると、大喜びしてすり寄ってきた。
 そのまま一緒にひなたぼっこをすると、私には直射日光がかなり暑く感じられたが、私の脚に全身を沿わせるようにぺったりと張り付いて寝転んだ。
 触れると脳みそが沸騰してるんじゃないのかと思うほど、毛が熱を持っていた。
 そのまま一時間。私には忍耐の時間だったけど、猫はご満悦だった。

 あの時の嬉しそうな様子を思い出すと、もっとそんな時間を作ってあげればよかったと、後々とても後悔した。
 寄り添って本を読んでメールをするだけ。普段家の中でやっていることと変わらなかったけど、猫は確かに喜んでいた。

 猫は年を取ると一匹でいることを好んだ。
 本当に家の中から人の気配がなくなると、大騒ぎして探し回って玄関で何時間でも待ち構えていたが、居間に誰かがいることを確信している時は窓際で黙ってベランダ越しの外を眺めていた。
 撫でに行くと喉を鳴らして答えてくれたけど、強引に膝に乗ろうとする若い時とは違って、そのまま寝床に丸まったままになる。
 その頃には具合が悪かったのだろう。
 ずっと静かに、風の音を聞き、鳥のさえずりに耳を傾け、飽きもせずに外を眺めていた。

 私が心体共にボロボロで寝込んでいた時があった。いつもひとりで寝ていた猫はそっと寄ってくると、投げ出していた私の掌に頭を載せた。
 床に寝転ぶ時は敷物を選ぶ猫だったのに、頭だけちょこんと乗せて体は布団からはみ出ている。
 いいよ、おいでと繰り返し促すと、ようやく布団の中に入ってきた。珍しく、撫でてもいないのにゴロゴロと喉を鳴らす。
 ジッと私の顔を見つめる猫の目は、何か言いたそうに見えた。年老いると尾が二股に分かれて人語を解すというけれど、本当にわかっているのじゃないかと思うほど猫の目は複雑な色をたたえていた。
 そうして、ゴロゴロとずっと喉を鳴らして、私を癒そうとしてくれていた。



 猫は飼う前から造形も鳴き声も好きだったけど、飼ってからはもっともっと好きになりました。

かわいいお祭り

 ぼんやりとテレビを見ていたら、番組と番組の間でやる5分程度のミニ番組で地方のお祭りを紹介していた。

 それがかわいいのなんの。まるで和製ハロウィン。

 

 雪の降る夜、子供たちがお手製の藁馬を小脇に抱えて民家へ忍び寄る。

 玄関に馬とお菓子を入れる藁の籠を置き、「とらへーい」とおどけて声をかけ、いっせいに物陰へと隠れる。

 家の人は縁起物の藁馬を引き上げるかわりにお菓子(映像では一軒ごとにみかん箱を抱えていたので、なかなか豪快な量)を玄関先に置いておき、子供達はまたもやこっそりそれを取りに戻る。
 綱をつけておいた藁の籠をドアの陰からそろーっと引っ張るのだが、お菓子を持って逃げるのが遅くて家の人に見つかると柄杓やバケツで水をかけられてしまうのが習わし。

 

 嬉々として水を構えて家の中から出てくるおっちゃん達。
 宵闇の雪の中、撒き散らされる水に、子供達は笑いながらてんでに逃げ出すのだ。

 

 大人相手のかくれんぼ、奇声、鬼ごっこ、そして真冬の夜に水をかけられるまでの予定調和を含めて、子供は「いたずら」と「お約束」が大好きだから笑いを堪えられない。

 ただ集会所に集まって駄菓子を配られるよりも、子供たちも打ち解けやすいのではと思う。

 これは広島県庄原市で江戸時代から続く、農村に欠かせない牛馬の健康を祈願したお祭りらしい。

 若い人が居なくなって有名どころの客寄せができるお祭り以外どんどん廃れていく一方で、子供たちがメインとなって、嬉々としていたずら好きな神様を演じているこのお祭りは、とても微笑ましい。

 偶々見かけただけの番組だったが、なごんでしまった。

 

 

 

 

 疑問

 子供たちは「寅平」と掛け声をかけるわけだが、これは暦の事だろうか。

 土用の丑があるので十二支の日があるのはわかっていたが、建・除・満・平・定・執・破・危・成・納・開・閉からなる十二直という暦は初耳だった。
 それとも本物の虎を指して、荒ぶる猛獣が平らかになり、家畜が病魔や外敵から襲われませんようにという祈願なのか。藁の馬はお雛様と同じように依り代として奉られるのだろうから、こっちもあり得そう。
 もしくは単純に寅平という人物が発祥なのか。
 ネット上では詳細が見つけられなくて残念でした。